M&Aを検討する際、仲介会社やアドバイザーとの契約形態として「専任契約」と「非専任契約」のどちらを選ぶべきか迷う経営者は少なくありません。複数の仲介会社に依頼できる非専任契約は、一見すると選択肢が広がり有利に思えるかもしれませんが、実際にはM&Aの成功率を下げてしまうケースも多く報告されています。
本記事では、M&Aにおける非専任契約のリスクや注意点を解説し、契約形態を選ぶ際の判断基準について詳しくお伝えします。会社売却や事業承継を検討している経営者の方は、ぜひ参考にしてください。
M&Aにおける専任契約と非専任契約の違い

M&A仲介会社やアドバイザーと契約する際、契約形態は大きく「専任契約」と「非専任契約」の2種類に分かれます。まずはそれぞれの特徴を理解しておきましょう。
専任契約とは
専任契約は、特定のM&A仲介会社やアドバイザーとのみ独占的に契約を締結する形態です。契約期間中は他の仲介会社やアドバイザーと契約を結ぶことができず、M&Aに関する業務を1社に一任する形になります。
不動産業界における専任媒介契約と同様の仕組みであり、売り手企業が窓口を一本化することで情報管理を徹底し、戦略的にM&Aを進められる点が特徴といえるでしょう。契約期間は一般的に6カ月から1年程度に設定されることが多く、期間満了後は更新するか解約するかを選択できます。
非専任契約とは
非専任契約は、複数のM&A仲介会社やアドバイザーと同時に契約を結べる形態です。複数社から買い手候補を紹介してもらえるため、より多くの選択肢の中から相手を選べる可能性があります。
一見するとメリットが大きいように見えますが、実際のM&A実務では非専任契約を選択したことで案件が進まなくなったり、不利な条件での成約を余儀なくされたりするケースが少なくありません。
非専任契約をやめた方がいい理由

M&Aにおいて非専任契約を選択することには、いくつかの重大なリスクが伴います。「複数社に頼んだ方が安心」という考えは、必ずしも正しいとは限りません。
情報漏洩のリスクが高まる
非専任契約の場合、複数のM&A仲介会社が同じ売り案件の情報を持つことになります。各社がそれぞれ買い手候補に打診を行うため、売却情報が広範囲に拡散してしまう可能性が高くなるでしょう。
M&Aでは情報の秘匿性が非常に重要です。売却を検討していることが従業員や取引先に知られてしまうと、人材の流出や取引条件の見直しを求められるなど、経営に悪影響を及ぼすケースがあります。情報管理の観点からは、窓口を一本化できる専任契約の方が安全性が高いといえます。
「出回り案件」として敬遠される
複数の仲介会社が同じ売り手企業の情報を持って営業活動を行うと、買い手候補となる企業には複数のルートから同じ案件が紹介されることになります。業界内で「あの会社が売りに出ている」という認識が広まり、「出回り案件」としてネガティブな印象を与えてしまう恐れがあるのです。
買い手企業からすると、多くの仲介会社から紹介される案件は「買い手がなかなか見つからない問題のある会社ではないか」「売り急いでいるのではないか」といった疑念を抱きやすくなります。結果として、本来であれば高い評価を得られるはずの企業でも、不当に低い評価をされてしまうことがあります。
仲介会社からの優先度が下がる
M&A仲介会社にとって、非専任契約の案件は専任契約の案件と比較して優先度が低くなりがちです。他社に先を越される可能性がある案件に対して、同じレベルの労力やリソースを投入することは難しいためです。
専任契約であれば、仲介会社は成約時の報酬を確実に得られるため、腰を据えて買い手探しに取り組むことができます。一方、非専任契約では他社経由で成約してしまえば報酬を得られないため、どうしても取り組みの優先度が下がってしまいます。
情報管理が複雑になる
複数の仲介会社と同時に連携を取りながらM&Aを進めることは、売り手企業にとっても大きな負担となります。各社への情報提供や連絡対応が煩雑になり、本業に支障をきたすこともあるでしょう。
また、どの仲介会社がどの買い手候補に情報を開示したかを把握しておかないと、同じ買い手候補に複数のルートからアプローチしてしまう事態が発生します。買い手企業に対して「情報管理ができていない会社」という印象を与えてしまい、交渉が不利になることも考えられます。
非専任契約で失敗した事例

実際に非専任契約を選択したことでM&Aが失敗に終わった事例をご紹介します。同じ過ちを繰り返さないためにも、参考にしてください。
複数社への依頼で2年以上買い手が見つからなかったケース
ある地方企業の経営者は、後継者不在の問題を解決するため、少しでも良い条件で売却したいと考え、5社以上の大手から中堅のM&A仲介会社に声をかけました。「いろんな会社に競わせて好条件を出させたい」という思惑があったのです。
しかし、結果は思惑とは正反対のものでした。業界の買い手候補企業の間で「有名案件」になってしまい、買収を検討するに至る企業が現れなかったのです。買い手側からすれば、競合させられて条件提示をするほどの魅力を感じられなかったという面もありました。
M&Aの検討を始めてから2年が経過しても買い手は見つからず、その経営者の会社は今でも売りたくても売れない状態が続いているといいます。
情報拡散で企業価値が毀損されたケース
製造業を営む中小企業では、非専任契約で複数の仲介会社に買い手探しを依頼していました。各社が独自に買い手候補へアプローチした結果、取引先や同業他社にまで売却検討の情報が広まってしまいます。
「経営が厳しいのではないか」という憶測が業界内に広がり、主要取引先から取引条件の見直しを求められる事態に発展。さらに、優秀な従業員が「会社が売却されるなら」と次々と退職してしまい、企業価値が大幅に毀損されてしまいました。最終的には、当初の想定よりもかなり低い価格での売却を余儀なくされています。
専任契約を結ぶメリット

非専任契約のリスクを踏まえると、M&Aでは専任契約を選択することに多くのメリットがあることがわかります。
情報の秘匿性を保てる
専任契約であれば、M&Aに関する情報を開示する先を戦略的にコントロールできます。買い手候補への情報提供のタイミングや範囲を仲介会社と相談しながら慎重に進められるため、情報漏洩のリスクを最小限に抑えられるでしょう。
1社との契約であれば、万が一情報が漏洩した場合に原因を特定しやすいという利点もあります。責任の所在が明確になることで、仲介会社もより慎重に情報を取り扱うようになります。
手厚いサポートを受けられる
専任契約を結ぶことで、M&A仲介会社からの優先的なサポートを期待できます。仲介会社としても成約すれば確実に報酬を得られるため、より多くのリソースを投入して買い手探しに取り組んでくれるでしょう。
企業概要書の作成や買い手候補リストの作成、交渉のサポートなど、M&Aのプロセス全体を通じて手厚い支援を受けられることは大きなメリットです。経験豊富なアドバイザーの知見を最大限に活用できる環境が整います。
交渉を有利に進めやすい
専任契約で一元的に情報管理を行うことで、買い手候補との交渉を戦略的に進められます。複数の買い手候補がいる場合でも、競合状況を適切にコントロールしながら、売り手にとって最も有利な条件を引き出すことが可能です。
非専任契約では買い手候補に対するアプローチが各社でバラバラになりがちですが、専任契約であれば一貫した交渉戦略のもとでM&Aを進行できます。
専任契約を結ぶ際の注意点

専任契約にもデメリットがないわけではありません。契約を結ぶ前に確認しておくべきポイントを押さえておきましょう。
契約期間の設定
専任契約を結ぶ際は、契約期間を適切に設定することが重要です。期間が長すぎると、仲介会社のパフォーマンスが期待に沿わない場合でも長期間拘束されてしまいます。
一般的には6カ月から1年程度が目安とされていますが、契約期間は交渉の余地があることも覚えておきましょう。初めての契約であれば、まずは6カ月程度の期間で様子を見ることも一つの選択肢です。
中途解約条項の確認
契約を結ぶ前に、中途解約の条件を必ず確認してください。仲介会社との相性が合わなかったり、期待した成果が得られなかったりした場合に、柔軟に契約を解除できる条項があるかどうかは重要なポイントです。
中途解約時の違約金の有無や金額、解約の手続き方法についても事前に把握しておく必要があります。解約条件が厳しすぎる契約書には注意が必要です。
テール条項への注意
テール条項とは、契約解除後一定期間内に、仲介会社が紹介した相手とM&Aが成立した場合に成功報酬を支払う義務が生じる条項です。契約期間中に紹介された買い手候補と、契約終了後に直接交渉してM&Aを成立させた場合でも、元の仲介会社に報酬を支払わなければならないことがあります。
テール条項の期間が長すぎると、契約解除後も実質的に拘束され続けることになるため、契約前に内容をしっかり確認しておきましょう。一般的には1年から2年程度が設定されることが多いですが、交渉によって短縮できる場合もあります。
仲介会社の選定
専任契約を結ぶのであれば、どの仲介会社を選ぶかは非常に重要な判断になります。1社にすべてを任せることになるため、信頼できる仲介会社かどうかを慎重に見極める必要があるでしょう。
仲介会社を選ぶ際には、業界における実績、担当者の経験や専門性、自社と同規模の案件を扱った経験があるか、報酬体系は適正かなどを総合的に判断してください。複数の仲介会社から話を聞いたうえで、最も信頼できる1社と専任契約を結ぶのが賢明な方法です。
非専任契約が有効なケースもある
ここまで非専任契約のリスクを中心に解説してきましたが、例外的に非専任契約が有効に機能するケースもあります。
優良案件でコンペができる場合
業績が好調で、多くの買い手候補から関心を集められるような優良案件の場合、非専任契約でも問題なくM&Aが進むことがあります。複数の仲介会社が競って買い手を探してくることで、より良い条件のオファーを引き出せる可能性もあるでしょう。
ただし、自社がそのような優良案件に該当するかどうかは客観的な判断が必要です。「うちは優良企業だから大丈夫」と過信して非専任契約を選択し、結果的に失敗するケースも少なくありません。
特定の業界に強い仲介会社を併用したい場合
基本的には専任契約を結びつつ、特定の業界や地域に強い仲介会社にもアプローチしたいというニーズがある場合は、事前に専任契約先と相談することをおすすめします。仲介会社によっては、特定の条件下で他社との協業を認めてくれることもあります。
M&A成功のために押さえておくべきポイント
契約形態に関わらず、M&Aを成功させるために押さえておくべきポイントを最後にお伝えします。
十分な準備期間を確保する
M&Aは検討を始めてから成約まで、短くても半年、長ければ1年以上かかることがあります。後継者不在や経営上の問題が顕在化してから慌ててM&Aを検討するのではなく、2年から5年程度の余裕を持って準備を始めることが望ましいでしょう。
十分な準備期間があれば、企業価値を高めるための施策を講じたり、より良い条件の買い手を探したりする時間的余裕が生まれます。
信頼できるアドバイザーを選ぶ
M&Aは経営者にとって人生で一度あるかないかの大きな決断です。その成否を左右するアドバイザー選びは、慎重に行う必要があります。
実績や専門性だけでなく、担当者との相性や、自社の事情を理解してくれるかどうかも重要な判断基準です。複数の仲介会社と面談を行い、最も信頼できるパートナーを選んでください。
情報開示は正直に行う
M&Aの交渉過程では、財務情報や事業上の課題など、ネガティブな情報も含めて正直に開示することが重要です。不都合な情報を隠しておいても、デューデリジェンスの段階で明らかになってしまいます。
発覚した場合は信頼関係が損なわれ、交渉が破談になったり、損害賠償を請求されたりするリスクもあります。最初から誠実に情報を開示することで、スムーズな交渉が可能になるでしょう。
M&A後の統合プロセスも視野に入れる
M&Aは契約が成立して終わりではありません。成約後の経営統合プロセス(PMI)がうまくいかなければ、期待したシナジー効果は得られません。
買い手選定の段階から、M&A後にどのような統合を行うのか、従業員の処遇はどうなるのかといった点も考慮しておくことが大切です。単に価格が高いオファーを選ぶのではなく、長期的な視点で最適な相手を選ぶ姿勢が求められます。
まとめ
M&Aにおける非専任契約は、一見すると選択肢が広がるメリットがあるように見えますが、実際には情報漏洩のリスクや「出回り案件」としての評価低下、仲介会社からのサポート低下など、多くのデメリットを伴います。
M&Aの成功率を高めるためには、信頼できる仲介会社1社と専任契約を結び、情報管理を徹底しながら戦略的に進めることをおすすめします。ただし、専任契約を結ぶ際には契約期間や中途解約条項、テール条項などの内容を十分に確認し、納得したうえで契約を締結してください。
会社売却や事業承継は経営者にとって大きな決断です。焦らず、十分な準備期間を確保し、信頼できるパートナーとともにM&Aを進めていくことが、成功への近道となるでしょう。



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